「ヤろうと思えば、誰でもヤれる時代」 VANQUISH創業者・石川涼が生き様を語る

著者名三崎りの

現在は社長業の傍ら、テレビ番組や雑誌連載等もこなすなど、マルチに活躍する石川涼氏。ヤりたいことを”ただヤりたいだけ”と語る彼は、20歳でファッション業界に飛び込み、24歳で株式会社せーのを起業。2004年に立ち上げたブランド「VANQUISH(ヴァンキッシュ)」は、10〜20代の男性から熱い支持を受け、2000年代のお兄系ファッションブームを牽引した。今回は、そんな彼に独自の経営論や生き方を聞いた。

地元でアパレル店員をしたあと、あてもなく東京へ

――変わった社名ですが、どのような由来があるのでしょうか?

「いっせーの」という言葉にピンときたんです。「いっせーの」という掛け声は、一人では使わないじゃないですか。誰かがいて、はじめて発する言葉だから、社名にふさわしいなと。

ただ、設立当初は、ひらがなの会社はほとんどなかったので、起業家の先輩にめちゃくちゃバカにされましたね(笑)。「あれ? お前の会社『どうも』だっけ? 『まぁね』だっけ?」とか言われて。でも変わった社名だと、そこから会話が弾んだりするのでこれにしてよかったと思っています。

 

――起業は、学生時代から考えていたんですか?

いや、まったく考えていませんでした。ファーストキャリアは、高校卒業後に就職した地元・静岡のアパレルショップ。18歳から20歳までそこで販売員をしていました。しかし朝出勤して、お客さんが来るまで待って、来たら接客して……という日々に物足りなさを感じて転職を考えるように。

とはいえ地元は田舎なんで、たいした仕事がないんですよ。だから、東京でファッションの仕事をしようと決めました。本当に、まったくあてのないまま上京したんです。

 

――なぜ、ファッション業界を選んだのですか?

モテるからですね。僕たちの若いころは、モテる職業があまりなかったんですよ。ファッションか車か音楽ぐらいじゃないですか。だから、もし音楽の道に進んでいたら一番モテるボーカルをやってたと思います。モテないとやる意味ないんで(笑)。

生意気な最年少が営業成績トップになるまで

――上京後は、どのような仕事をしていたんですか?

裏方の仕事に興味があったので、アパレルメーカーの営業に就職しました。ずっとファッションの仕事はしていましたが、販売員の経験しかしてこなかったので、もちろん営業職はど素人なわけですよ。それなのに、僕ずっと生意気で(笑)。だから、先輩にはよくいじめられましたね。

グループ会社の中で一番年下だし、赤髪だったのもあったと思うんですけど、ある日先輩に呼び出されて、「仕事ができないくせに、見た目と態度だけは一丁前だ」と言われました。そんなことを言われて、当然ムカついたんですけど、でも「確かに」って思ったんです。

 

――素直に受け入れたんですね。

先輩の言うことは間違っていないなと思いましたね。事実、僕の営業成績は悪かったんで。こいつを見返してやろうと思い、坊主にして、ひたすら仕事をがんばりました。

 

――いきなり坊主になるのは、かなり勇気がいることではないでしょうか

でも、仕事ができないくせに、見た目だけかっこつけるのはダサいなと思ったんです。そこからがむしゃらに働いたら、入社一年後には、全社で営業成績が一番になりました。21歳から24歳でその会社を辞めるまで、営業成績はずっと1位でした。僕のことをいじめていた先輩が、途中から部下になりましたね。

 

――その結果は、自信にもつながりますね

そうですね。入社当時は独立しようなんて考えていなかったけど、実績ができたので、ひとりでもやっても自分だけを食わせる分くらいはなりそうだなと思って。それで株式会社せーのをはじめました。

自分が好きなものよりも、消費者が喜んでくれるものを作りたかった

――設立当初は、どのような仕事をしていたんですか?

24歳で会社をはじめて29歳でブランドを立ち上げるまでは、OEMという他社ブランドの製品を製造する下請け業者をしていました。しかし、いつまでもOEMをしていたら、クライアントに振り回されて、いつか会社が潰れると思ったんです。だから、自分たちの柱になるコンテンツが必要だと思い、OEMで学んだ服作りのノウハウを生かして自社ブランド「VANQUISH」をスタートさせました。

 

――もともと、VANQUISHのようなお兄系ファッションが好きだったんですか?

実は、古着の方が好きだったので、こういうテイストの服はあまり着てこなかったんです。でも、マーケットリサーチをしたらギャル・ギャル男文化が盛り上がっていると知り、これはくるなと直感しました。当時は、彼らの求めるファッションブランドが世の中になかったんですよ。だからはじめたんです。つまり、自分がファッションデザイナーになりたいと言うよりも、消費者が喜んでくれることをしたいと思ってたどり着いたのがお兄系ファッションのVANQUISHだったんです。

落ち込むのは無意味。落ち込んだって、誰も助けてくれないですから

――会社を続けていて、大変だったことはありますか?

会社が潰れそうになったことはいくらでもあります。ドラクエと一緒ですよ。旅を続けていくうちに、中ボスが現れるみたいな(笑)。でも別に、大変だと感じたことはないですね。だって、落ち込んだり不安になったりしても、誰も助けてくれないじゃないですか。それに、失敗したって成功したってどうせ死ぬんだから。

よくインタビューで「健康に気を使ってますか?」と聞かれるんだけど、僕としては「はぁ?」という感じです(笑)。病気になってもならなくても、お前も僕も死ぬんだよって思います。余計なことに気を使ってもしょうがないですよね。

 

――その意識は、昔からあったんですか?

小さい頃からですね。昔から世の中や大人の言っていることは本当に正しいのだろうかとずっと疑問に思っていました。で、いざ自分が43歳になってわかったのは、大人はやっぱり嘘つきだなってことですね。

大人は子どもを完璧な人間にしようと教育するじゃないですか。忘れ物はするな、遅刻はするな、人の言うことは聞けって。でも、この年になっても財布を忘れるし、寝坊はするし、生意気なことは言っちゃいます。だから、完璧になんてならなくてもいいと思っています。

あと僕、ファッション業界で働いているけど、この業界の人が嫌いなんですよ。パリコレや東コレが毎年やってるけど、一般の消費者はそんなの興味ないでしょう。それらを見たところで、実際に買う人なんでほとんどいないですよ。それなのに、ああいうものが崇高な存在だと業界人が思わせちゃってる。でも消費者は、そこまでバカじゃないですから。

 

――そんな石川さんが積極的に会いたいと思うのは、どんな人ですか?

今、若い人に支持されている人ですね。彼らとは、誰よりも優先的に会います。だから、必然的に年下の人が多くなります。だって人気がなければ、マネタイズができないわけですから。

反対に、年上の人とはほとんど会わないです。おじさんたちが文化をダメにしているので、「この人、考えが古いな」と感じたら、もう会いません。逃げます(笑)。

甘ったれている奴は無視して置いていきましょう

――今後の展望は?

海外展開ですね。今、弊社の売り上げの半分以上は外国なんです。どのアパレルメーカーも、外国の消費者に買ってもらおうと必死に研究しているんですけど、全然リーチできていないんじゃないでしょうか。でも、僕たちは早い段階から海外進出を視野に入れていたので、確実に伸びています。現在は30カ国と取引していて、今年も決まっているだけで7カ国からポップアップショップの出店依頼が来ています。今年も海外市場をどんどん開拓してく予定です。

 

――最後に、石川さんのようにヤりたいことを見つけるにはどうしたらいいですか?

ヤりたいことがわからない、ヤりたいことが見つからないなんて奴は、そのままでいいと思います。そういう奴がいなきゃ俺が勝てないので(笑)。

今は、自分の力で世界中に発信できる時代。ヤろうと思えば誰でもヤれるんだから、甘いことを言っているダメな奴はとことんダメなんです。甘ったれている奴は、無視して置いていきましょう。以上!

 

一見、近寄りがたい雰囲気のある石川さんだが、彼が語るビジネス論のベースには”消費者のほしいものをつくり続ける”という一貫した思想がある。オンラインサロン「ただヤりたいだけ」では、彼の経営戦略を学べるだけでなく、”恋愛”や”アート”に関する相談の応答も実施。こよなく仕事が好きな人、こよなくお尻(というか女のコ)が好きな人は、迷わず入会を。

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