タイムラグをやめてみた。——叶う私が加速した日の記録

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タイムラグをやめてみた。——叶う私が加速した日の記録

せっかちな私がふと「タイムラグ、めんどくさくない?」と思い、
いっそその「概念」ごとやめてみたら——  

現実が加速し始めた。  

これは、そんな「スイッチが入った日」の記録です。

「もうある」世界と確かにつながったと感じた瞬間。
その感覚が日々に広がる中で、現実の捉え方や動き方が変わってきた

ーーそんな「始まりの感覚」をリアルに記してみました。


■ はじめに

ある出来事をきっかけに、「もう叶っている世界」が静かに、でもはっきりと「見えた」経験をしました。

それは決して、気分を上げたり想像で満たすものではなく、どこかでずっと知っていた「あの感覚」に、ただ戻ったような感覚。

気づいたら、物事の捉え方も、選ぶ言葉も、過ごす時間の質までもが変わりはじめていました。

思いつた願いは、どうせ叶います。そのステップは、いつも言っているとってもシンプルなこの3つ。


①放つ(望む)
②与えられる
③受け取る


ここの骨組みはもちろん変わりません。

今回の記事は、②と③の間の「在り方」に当たる部分のお話です。

スイッチが入ったことで「現実の動き方」が変わっていく入口に立った、そのリアルな手応えの記録です。



■ タイムラグ、無くしたらどうなる?

少し前にふと、こんなことを思ったんです。「どうせ叶うんなら、タイムラグの概念いらなくない?」

願いが現象化するにはタイムラグがある。これは、きっと誰もが知っている「当たり前のこと」だと思います。

何かをするには「時間」というものが必要である。

例えば、目の前にりんごが「あった」。それをさっき食べたから「無くなった」。

原因があって結果が起こる。

みたいに、「タイムラグ」は当たり前に存在する。
そういった「当たり前」を前提にして、私も過ごしていました。でも・・・・・

ここ最近になって、なんかめんどくさくなったんです(笑)。


■ そうだ、もう叶ったことにしよ

きっかけは、有難く頂戴する皆さまからのご相談内容と、私自身の経験でした。
どうせ叶うのはわかってる。そうとしか考えようのない出来事が何度も起こっていて、そこに疑念はない。

でも一方で、

どうしてもどうしてもどうしても叶えたいことに限って、なかなか現実が動かないことがある。

宿命というものがあるのもわかってる。きっと各方面でいろんな帳尻合わせが必要なのもわかってる。物事には順番や秩序もある。

だから叶うまでに(=現象化するまでに)時間が必要なんでしょ?

こうやって、理解がすすむほど皮肉にもどんどん「叶っていない私」を加速させてしまう。

私もここを悩ましく思っていた時期がありますし、
ご相談くださった皆さんの中にも同様の傾向が見受けられたんです。
叶うって信じてるのに、不安になる現実がまったく動かない自分だけ置いていかれてる気がするわかる。痛いほどわかる。

そんな時、こう思ったんです。

「どうせ叶うんだったらもう叶ったことにしたらよくない?」って。

それが加速の転換点でした。

・・・と言っても、どうやんの?



■ 自分の知覚を疑う

「叶ったことにしたらよくない?」vs「でも目の前は何も変わってないよ?」の戦い(笑)。


でも、【どうせ叶う】んだから、もう【先に叶ったことにして満喫してしまう】ということは理にかなってるな、と思う自分もいました。

だったらとことんやってみようと思って、現実をこう定義してみることにしたんです。

【私たちは、正しく物事を知覚できていないかもしれない】見えるから「ある」のではなくて、本当は「ある」と認識してるから「見える」だけ。

感じてるその感覚って本当に合ってるの?本当にあるの?実際は無いんじゃないの?

※こう思ったきっかけは、何年か前に知った「108さん」という方のお話をふと思い出したことでした。
YouTubeでもお話されている方ですので、ご興味ある方はご覧になってみてください。


南を向いたら南の景色が見えるし、北を向いたら北にある景色が見える。

上を向いたら天井が見える。

下を向いたら(天井はきっと頭上に今もあるけどそれは見えなくて)床が見える。

だから、不足の方を向いたら不足が見えるし、見えてくる。

快の方を見たら快が見えるし、見えてくる。

だから、

「無い」を見てるから「無い」が見えているだけで、「ある」の方を見たら「ある」がたちまち見えるようになる。

それだけのことなんじゃないの?
だから、もう本当はそれ、叶ってる(=現象化している)んじゃないの?

つまり、タイムラグなんて本当は無いんじゃないの?あるお部屋をイメージしてみてください。

そのお部屋はとってもシンプルで入口と窓しかないお部屋。

あなたは、その間取りを知っているんです。入口から入ってみると、激しく埃が舞っていて窓が全然見えない。
なんだかたまに少し輪郭が見えるけど、やっぱり埃が邪魔で見えない。
でも、向こうに窓があることは知ってるからそっちを見る。あ、見えた。・・・・みたいな。

そんな感覚で、とにかく目の前の「不足」とされることを全て疑ってみたんです。

内心、「そんなあほな」とも思いながら(笑)。



■ タイムラグ、無くしてみた

すると、2~3日経ってから不思議なことが立て続けに起こりはじめました。

・不思議な出来事①:パラレルの自分と接続


それは美容院でシャンプーをしてもらってる最中でした。
目元にタオルが置かれているからスマホを見ることもできないし、
間違って寝てしまいそう・・・寝落ちすることだけは避けたい・・・そんなどうでもいい葛藤をしていると、突然、いくつもの併行世界の「自分」と繋がるような感覚が来たんです。

これは初めての感覚でした。

特定のある願いに対して、もうとっくに叶ってる世界にいる私全然叶ってない世界にいる私叶い終わってもう別のことに関心を持っている世界の私まるで色鉛筆のグラデーションのようにそれらの中間の世界も沢山あって、それぞれの世界に「私」がいる。

直感で「あ、これパラレルワールドだな」と思いました。寝てませんよ?笑

美容師さんの「流し足りないところはないですかー?」にもちゃんと返事しながらの出来事。
今この瞬間、各世界にいる「私」が互いに励まし合ってるんです。

叶っている世界の私は、そうでない世界の私に「大丈夫、余裕で体験してるで。任せて」と。
一方で、叶い終わってもう別の関心ごとに夢中な世界の私は「まだそんなこと気にしてんの?」と少し笑ってたり。

まるで一人自分会議(笑)。
いくつもの「私」が結託して「私」を応援してた。

この自分会議を見ながら(感じながら)、
なんか、欲しいと思っていたその世界、ちゃんと「自分」が体験してるんだわ、っていう深い安心感を覚えたんです。

今は知覚として感じないけど、なんだかわからないけど体験してる世界があるんだわ、と。

例えるならば、どうしてもどうしても欲しくて探して追い求めていたような、
誰かや何かと競わないと手に入らないと思っていた世界に1つしかない宝物、
その「世界に1つ」は実は自分の親(か兄弟)が持ってたわ、みたいな安心感(笑)。←伝わりますか?笑

あ、なーんだ、ほな好きな時に借りよー、何なら欲しい時にもらおー、みたいな(笑)。


その時ふっと、肩の荷が下りるのを感じました。

私と同じような願いを持つ友達にこの話をしたところ、
ものすごく軽く「あるあるーなんかそーいえば、私もよくパラレル移動感じてたわ」と(笑)。

あるあるであることも初めて知った(笑)。


・不思議な出来事②:既にゴールだった件


先日の「一人自分会議」の余韻に浸りながら、
忘れないうちに「肩の荷が下りる」感覚をノートに書き留めておこう、と思いノートを開きました。

そして思い付きで、自分にこう問うたんです。

「ぜーーんぶの願いがすべからく叶ったら、どんな体感になると思う?」

これまでにも「その願いを叶えてどんな感覚を感じたい?」を問うたことは何度もあって、
出てくるのはだいたい「安心感」「自由」「わくわく」などでした。

でも「どんな体感か?」と問うたのは、初めてかもしれません。

すると、こう出てきたんです。

何にも力んでない感じ。流れにプラプラ任せとこーみたいな。
私を取り巻く世界全部は完璧なんだ。美しいなー。その中で今わたし、楽しいなー。

あまりに走り書きすぎて意味不明ですが(笑)、
翻訳すると「どこにも力が入ってなくて、自由自在に好きなことを経験できて、この世界の流れ、
采配の完璧さと美しさを感じながら楽しんでる感じ」ということです(笑)。

そこに至る経験やきっかけはどうであれ、
それを感じている「自分」はもう目指す「ゴール」にいるんです。これがゴール。まずはそうだと知る。

これ、まさにパラレルワールドの私を見て感じた、
「叶った世界にいる私」の体感である「肩の荷が下りた感じ」と全く同じだったんです。

全ての願いの着地点はここなんだ。これを経験するために、
いろんな手段として「願い」を思いついてるんだ。私の「最高峰」であり「スタンダード」な感覚はこれなんだ。

これが私の「正常値」なんだ。

そう気づいたんです。



・不思議な出来事③:無かった写真が現れた

さらにその数日後、偶然、ある写真を見つけました。
それは私の、とある願いごとに直結している、初めて目にする嬉しい1枚の写真。

でも、今回写真が見つかったその場所は、かつてどれほど探しても遡っても見つからなかったところ。
なのに「今」、見つかった。つまり「今」の私には見えた。

あ、その向きを向くと見えるというのはこれかととても象徴的でした。



・不思議な出来事④:認識してる現実が変わった

またその数日後、朝起きたらこれまでにない感覚を感じたんです。

詳細は控えるのですが、これまでは絶対Aだと思って疑わなかったとある現象に対して、
「いや、Aじゃない気がするな?(望み通りの)Bだとしか思えない気がするな?」と。

わかりやすく例えるならば、

LINEの返信がない状態が続いていて、「あんなひどいこと言っちゃったし、あんな悲惨な状況だったし、もう関係終わったよな」としか思えない状況だったのに、

ふと、「あれ?ってか、ただ連絡がきてないだけで、これどう考えても続きがあるやつじゃない?」としか思えなくなった、みたいな感じです(笑)。

私が認識してる現実が変わった、、、

よく、「現実が追い付いてくる」って言いますが、まさにそれ。その感覚を体感した出来事でした。



■ 動いたのは私の「前提」だった

「面倒だからタイムラグ、なくしてしまえ!」の思い付きから始まった、「自分の知覚を疑う」の一連の流れによって、私の中で明らかに「叶う感覚」が変わり始めました。それまでは、「どうせ叶う」けれど、叶うまでの間は「叶ってない期間(=タイムラグ)」にしていた。それを「世の中の原理とはこういうもんだ」と理解しつつ、でもその理解によって「まだ叶っていない私」を生み出してしまっていたのは紛れもなく自分でした。

それでも叶う。叶ってきたことは沢山ある。

でも、タイムラグって別に、無くてもいいものだと、今回感じたんです。
あ、これだ私のすべての願いが叶った先にある感覚って。じゃもう、先にそれ体感しとこー。

何が無くても、息を吸うだけでできることもあるくらい、その願いが叶った先にある「体感」は、とっても身近なもの。そう思いました。



■ ルンバのごとく、ここに戻るだけ

もちろん、思考はわちゃわちゃ言ってきます。「まだ現象化してないやん」「証拠ないやん」って。でもそれは、ただのハリボテだって、どこかでわかってる。だって、叶ってる世界の自分、いたもん(笑)。よく見聞きする「波動を合わせる」とか「願いを取り下げない」とかって、

何にも力んでない感じ。流れにプラプラ任せとこーみたいな。私を取り巻く世界全部は完璧なんだ。美しいなー。その中で今わたし、楽しいなー。



結局はこの体感に「戻る」ことだった。私はもう、ここから動かなくていい。もちろん動いてもいいんだけど、「ここちわる!」っていう出来事があったり、何か願いとは真逆向いてるなと思った時にはいつでもここに戻ってきたらいい。それがつまり、叶った私から動かないってことなんだとわかりました。まるでルンバ(笑)。この「充電場所」に戻ってくれば、それでいい。ここで少しだけ整理します。

・「感情の先取り」とはちょっと違う

これは、よくある「感情の先取り」とはちょっと違います。感情の先取りは、「まだ無いもの」を感じにいく。いわば、空白を埋めようとする感覚です。でも今回の体験は、もうあるのに、まだ見えていないものそこに先に“つながる”という感覚でした。思い込みや演技じゃなくて、どこかに「知っていた感覚」に、ただ戻っただけ。努力ではなく、共鳴。それが、今回の違いでした。

・現実創造のステップは据え置き

あと、これは大切なことなので書いておきたいのですが、私はこれまで、現実創造のステップは①願いを放つ → ②与えられる → ③受け取る

だとお伝えしてきました。そこはもちろん変わりません。現実に無いのではなくて、②と③の間にあるものが「見えてなかっただけ」。その原因は、自分の意識の向きが真逆を向いたままだったから。

そしてもっと言うと、最悪もう見えないままでもいいくらい、いつでもルンバのようにゴールの感覚に戻って「ゴール」の感覚を自分で創ることができる。でも、やっぱり「見たい」。五感で感じたい。だってそれをして遊びにここに生まれてきたんだからそれは当然の、自分の深いところからの願いなんです。

あれを経験しないと「ゴールには行けぬ!!」としないで、ただただ、もうとっとと先に「ゴール」にいていい。

そしたら、ラッキーなことにどうせ経験することになる仕組みになってる。そう気づいたとき、私を取り巻く世界の「質」が変わりはじめ、現実が追い付いてきたのを感じています。

・頭の中で満足しろ、とは全然違う

もしかしたら、こう思う人もいるかもしれません。頭の中だけで満足しろってこと?じゃあ、結局なにをすればいいの?その気持ち、すごくわかります。私もバリバリそう思っていました。今回の体験でわかったのは、先に体感が変わると現実の動き方が変わるということ。

・叶えたい願いがあるなら、それはもう叶ってるんだと知る・だから、あとは見るだけ。・見るためには、自分の知覚を疑ってみる・その上で、願いが叶っている方に自分の思考を向ける・できるだけその時間を長く維持する

自動販売機でリンゴジュースをぽちっと押したら、あとはリンゴジュースが出てくるだけだし、自分もリンゴジュースしか待たないのと同じ感じ。

タイムラグを無くすことは、よく言われる「鏡の法則」「なる」などにも合致する。その在り方が、行動や現象に繋がっていく。



◼️ 日常での馴染ませ方

この感覚を日常でどういかしているかもシェアしたいと思います。

、、と言っても、気がついたら「あの体感」に戻るように意識するだけ。外を歩いている時、電車に乗ってる時、ラテを飲んでる時、寝る前、など、スマホを見る代わりにあの体感に戻るようにする。

どうしても思考(エゴ)が騒ぐ時、不安な声を浴びせてくる時は、

◼️今「見えてない」と思うのなら、本当はあるのにただ見えてないだけ。これ、ほんとかな?と疑ってみる ※あくまで疑うのみ、答えを出そうとしない

◼️ふと不安になってしまったら、もう別の私が先に叶えてくれてるんだわ、と焦らないマインドに切り替える

◼️だから、今の私は「全てが叶った後のこの感覚、安心をキープする担当でいつづけるそうすると、肩の力が抜けて、「じゃあ私はここを整えておくね」と自然に今の自分を「現象化」した後の自分に合わせることができる。

そうしたら、現実が後から追いついてくるんです。辻褄を合わせてくる。私が合わせようとしなくても。この視点が加わったとき、体感の「定着率」がぐんと上がったように感じました。

私にはまだまだ、きっと今後もずっと、望まない出来事に遭遇する度に「願い」が打ちあがるだろうし、そうでなくても「これがしたい!」「あれを経験したい!」がどんどん出てくると思ってるし、遠慮なく放っていきたいと思っています。でも、すでにその世界の感覚、ゴールは無条件にここにあるんです。ここまで読んでくれて、ありがとう。少しでも、読んでくださった皆さんが「本来の」感覚に気付くきっかけになりますように。


※2025年5月30日にアップしたnoteの有料記事全部です。

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