《 本日のごのへのごろく 「必要です 覚悟と知識 講師には」》
アナウンサーとして出演するのと同時に、トークレッスンの講師になって3年。生徒さんはタレントと一般の方合わせて約千人になりますが、まだまだご新規のご相談も多く、私1人で全ての方を見ることができないのが難しいところ。そのためこのコラムや書籍で発信を続けようと思っているわけですが…最も悩ましいのが、他の教室で嘘を教わって負のスパイラルに入ってしまっている方がいることです。トーク編第43回、「“危険な講師”に気をつけて」。
■トークは習ってうまくなる■
昨年、とあるコミュニケーションに関する資格を取ったのですが、その講義の時に講師の方が「教えるのを上達させようと思って、話し方教室に通っちゃう人がいるんですよ〜」と話して、爆笑をとっていました。世間的にいかに話し方教室が役に立たないものと思われているかを感じた瞬間です。
しかし、全く習わずに人前でわかりやすくトークできる人がいたら、その方は天才だと思います。私は新人アナウンサーの頃、内容を1人で考えるのも難しかったですし、声は今みたいに通る声ではなかったし、緊張で頭が真っ白になってしまったことが何度もあります。
先輩アナウンサーや放送作家やディレクターの方が教えてくれたこと、お仕事でご一緒する声優さんが熱心に相談に乗ってくれたこと、そして自分でもボイストレーニングに通ったことがとても大きく、全く教わっていなかったら今のトークスキルはありません。
だから、話し方教室、私でいうトークレッスンに通うことは恥ずかしいことではないし、日本は特に学校でトークを教わる機会がほとんどないので、社会人になってからでもしゃべりを勉強しようというモチベーションがあるのは素晴らしいことだと思います。
ただ、変な教室があるのも事実です。
■誰でもなれる話し方講師■
「話し方講師」には資格制度がないので、「私は今日から話し方の講師です」と言えば誰でも講師人生をスタートできます。
それはアナウンサーという肩書きも一緒で、今は放送局の社員アナウンサーを経験していなくても、「私はアナウンサーです」と名乗ることができます。もちろん社員アナウンサーでなくても優秀な方はたくさんいますし、逆に社員でもうまくない人もいますので、どちらがどうという話ではありません。
問題は、あまり教わったこともない、構成や声の勉強もしたことがない、でも肩書きはアナウンサーだから、話し方講師に登録しちゃお、という方が少なからずいて、法的にも問題がないということです。
話し方を習おうと思った時に、良い講師なのかそうではないのか、気づくためのポイントをお伝えします。
■危険!口を大きく開かせる講師■
2018年11月更新・トーク編第41回で書いた通り、滑舌を良くする方法は、口を大きく開くことではありません。表情筋のトレーニングのために大きく開くことはありますが、話す時に口を大きく開くと滑舌はより悪くなり、何よりも不自然です。(歌う時は口を大きく開くこともあります)
滑舌が悪い、例えば「ラ」が「ダ」に近くなるような発音の場合は、舌の位置が間違っています。「ダ」は舌が全体的に上あごに当たるのに対して、「ラ」は舌の先だけが上あごに当たります。それぞれの子音の特徴を知らない講師も危険です。
■危険!声を変えさせる講師■
このコラムでも何度も書いておりますが、人にはそれぞれの「オーセンティックボイス」があります。元々持っている声が人によって違うのです。それをわからずに、画一的に声を同化させようとする講師は非常に危険です。
「電話の時は声を高くするのがいい」、逆に「電話の時は声を低くするのがいい」など、場所によって音程をコントロールするよう求める講師も危ないです。出しやすい音程は人によって異なりますし、オーセンティックボイスを無視して高くしたり低くしたりするのは、「作り声」です。作り声は人に不信感を与えます。
■危険!内容を作れない講師■
話し方教室では、話す内容にまで言及しないところもありますが、プレゼンやスピーチをするということになれば、内容も自分で考えなければならない場合がほとんどですし、何より普段の会話に一言一句原稿があるなんてことはあり得ません。抑揚や明るさだけを教えることもできなくはないですが、基本的には話すことがないと話にならないので、内容を作れない講師はおすすめできません。
ラジオ番組を持ったことがあるかないかは大きいと思います。ラジオはテレビと違って原稿がないことがほとんどなので、フリートークができないとすぐ放送事故になってしまいます。
■危険!個性を無視する講師■
声もそうですが、話し方も内容作りも、その人らしさが大事です。たとえば、「毒舌は面白い」とよく言われますが、おっとりとした性格の方に毒舌を押し付けることはできません。(私は普段から毒舌なので、ついこういうコラム書いちゃうんですよねぇ)
他にも、アナウンス用語を押し付ける講師は、私はあまり好きではないです。日本語学を研究していた身から言わせてもらうと、日本語は変化が激しい言語なので、「正しい」「正しくない」という価値観があまり当てはまりません。助詞や敬語の使い方が間違っている時は直したほうがいいですし、汚い言葉、たとえば「うぜー」とか「きもっ」といった言葉は自分にとって良いことがないので使わないほうがいいですが。
たとえば「肌寒い」を「ハダザムイ」と読むのは間違っているから「ハダサムイ」にしましょう、といったことです。アナウンサーが積極的に「ハダザムイ」と言うのは違うと思いますが、放送に携わらない方をアナウンス用語で矯正する必要があるのかは甚だ疑問です。
■講師するなら覚悟を持って■
トークは、生徒さんの人生を大きく左右します。アクセサリーの作り方や、パワーポイントの使い方を教えるのとは全く種類が異なります。
ちんぷんかんぷんな教えを信じて、トークスキルが上がらず、ますます話すのが嫌になり、嫌になるから話さなくなり、コミュニケーションもうまくいかなくなる…そんな負のスパイラルに入ってしまったら?生徒さんの人生を全て背負うことはできないけれど、話し方の講師をするなら、覚悟を持って教えてほしいと考えています。
どんな講師もはじめは一年生。カリスマ美容師の方も新人時代はあるわけで、新人講師であることを隠さずに、急に相場価格で始めないで、安価に講師人生をスタートする方法もあると思います。
なお、私のトークレッスンで、“人前トーク”に関しては『人前で輝く!話し方』にまとめています。声に関しては山崎広子先生が師匠です。自分の体験だけで全ての人を教えることはできないので、先生方の教えがあってのレッスンです。この場を借りて御礼申し上げます。
「第67回・元ニッポン放送アナウンサー五戸美樹のごのへのごろく」