高頻度トレーニングに潜む「約束された停滞」という致命的な罠
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高頻度トレーニングに潜む「約束された停滞」という致命的な罠
昨今、インターネットやSNSでは、トレーニングの頻度を増やすことを推奨する情報が溢れています。特定の種目を、「ほぼ毎日行う」「週に何度も行う」といった高頻度プログラムが流行し、多くのトレーニーがその効果を期待して取り入れています。
しかし、その先にはほぼ100%に近い確率で訪れる「約束された停滞」、そして怪我という深刻な落とし穴が待っていることをご存知でしょうか。実際に、ネットの情報通りに頻度を増やした結果、「最初は少し伸びたが、その後記録が止まり、さらには低下してしまった」「怪我をしてしまった」という悩みでパーソナルトレーニングを訪れる方は後を絶ちません。
この記事では、なぜ高頻度トレーニングが危険な罠となりうるのか、そのメカニズムと、一度陥ると抜け出せない負の連鎖について深く掘り下げて解説します。
第1章:短期的な成功という「甘い罠」
高頻度トレーニングがもたらす最も厄介な点は、トレーニング開始から短期間に限って実際に記録が伸びるという、非常に魅力的で抗いがたい「甘い果実」をもたらす点にあります。この現象の背景には、人間の身体が持つ優れた「適応能力」が深く関わっています。多くの人は、インターネットで目にした情報やトップ選手のトレーニング内容を参考に、自分も同じように頻度を増やせば強くなれると信じ、安易にその方法を取り入れてしまいます。
トレーニングの頻度を急に増やした場合、最初の3~4週間はその過酷さから身体が悲鳴を上げますが、その辛い時期を乗り越えると、身体はその高い頻度の刺激に適応し始めます。その結果、あれほど苦しんでいた筋肉痛も起こりにくくなり、むしろ身体に負担がないかのようにさえ感じられるようになります。この身体の順応こそが、「この方法は正しい」と錯覚させる最初のサインなのです。
そして、身体が適応したそこからが「甘い罠」の本番です。およそ4~6週間、人によっては6~8週間ほど、面白いように使用重量が伸びていく「ボーナス期間」に突入します。それまで停滞していた記録が伸び始めるため、多くの人は「やはりこの方法は正しかったのだ」と確信を深めていきます。この期間は、ほとんどの人が記録の向上を体験するため、その方法論の正しさを疑うことはありません。
この短期的な成功は、「このトレーニング方法は正しかったのだ」という強烈な成功体験と、後戻りのできないほどの誤った確信を植え付けます。その先に待つ停滞や後退といった現象をまだ体験したことがないため、「このまま続ければ、ずっと上手くいく」と信じて疑わないのです。この強烈な思い込みこそが、トレーニーを「罠」の奥深くへと誘い込むのです。
しかし、この甘く魅惑的な果実こそが、長期的な停滞、記録の後退、そして最終的には深刻な怪我へと続く「罠」の入り口に他なりません。この成功体験は、実は目に見えない疲労の蓄積と引き換えに得られたものであり、その代償を支払う時期は、ほぼ100%に近い確率で訪れるのです。
第2章:「約束された停滞」のメカニズム
なぜ、あれほど順調だった記録がピタリと止まってしまうのでしょうか。その最大の原因は、多くのトレーニーが陥りがちな「オーバーワーク」です。伸び悩みの原因ナンバーワンは、実は「やりすぎ」なのです。
筋肉は回復しても、脳と神経は悲鳴を上げている
多くの方は、トレーニングの成果や回復度合いを測る指標として、「筋肉の回復」、つまり「筋肉痛が取れたかどうか」という非常に分かりやすい感覚を基準にしてしまいがちです。筋肉痛が来れば「しっかり効いた」と満足し、筋肉痛がなければ「回復したから次のトレーニングができる」と判断してしまうのです。しかし、この考え方こそが、多くのトレーニーを伸び悩ませる根深い問題の入り口となります。
特に高頻度トレーニングに身体が慣れてしまうと、先ほども述べたように筋肉痛をほとんど感じなくなります。この状態を、多くの人は「自分の身体がこの頻度に適応し、強くなった証拠だ」とポジティブに捉えてしまいます。その結果、疲労など全くしていないかのように錯覚し、さらにトレーニングを積み重ねていこうとするのです。
しかし、トレーニングにおける疲労は、筋肉だけに蓄積される単純なものではありません。筋肉は、いわば兵隊です。本当に目を向けるべきは、その兵隊に指令を出す司令塔である「脳」や、指令を伝達するネットワークである「神経系統」の疲労なのです。この脳と神経系統の回復を軽んじてはならないのです。
RPGに例えるならば、筋肉の疲労はHP(体力)であり、脳・神経系の疲労はMP(精神力)に相当します。HPは回復薬で簡単に回復できても、MPは宿屋でじっくり休まなければ回復しません。つまり、脳と神経系統の回復は筋肉よりも非常に遅く、高頻度でトレーニングを続けていくと、その疲労は目に見えない形で徐々に、そして確実に蓄積していきます。筋肉痛がないからといっても、司令塔である脳と神経には、自覚のないまま疲労がどんどん溜まっていくのです。
そして、この目に見えない疲労の蓄積がある限界点を超えた時、身体は自らを守るために、いわば緊急停止装置のような防御反応を示し、出力を強制的に抑制するようになります。これは、これ以上無理をさせるとシステム全体が壊れてしまう危険を察知した身体が、意図的に筋力を発揮できない状態を作り出す、極めて合理的な安全機能なのです。
これが、高頻度トレーニングの開始から数ヶ月後に突然訪れる記録の停滞、さらには低下という不可解な現象の正体です。ウォームアップでは軽く感じるのに、メインセットになると全く力が出ないという感覚のズレも、身体は疲弊しているのに脳だけが覚醒している危険なサインです。
第3章:一度ハマると抜け出せない「負の連鎖」
高頻度トレーニングによって記録の停滞という壁にぶつかった時、多くのトレーニーは冷静な分析ができなくなり、誤った方向に努力を重ねてしまう「負の連鎖」に陥ります。これは単なるスランプではなく、間違った行動が更なる不調を呼び、最終的には怪我やトレーニングからの離脱にもつながりかねない深刻な状態です。
1. 「なぜ挙がらないんだ?」— 努力の方向性を間違える心理的罠
記録が停滞した際、多くの人が最初に抱く感情は「焦り」です。そして、その原因を「自分の努力不足」だと結論付けてしまいます。
誤った自己評価: 多くの場合、「このくらいの重量で伸び悩むはずがない」「もっと追い込まなければ」と考え、がむしゃらにトレーニングを重ねようとします。しかし、伸び悩みの原因が「やりすぎ(オーバーワーク)」であるという根本原因には気づけません。
無計画な追い込み: この心理状態に陥ると、冷静な計画を立てることができなくなります。かつて伸びていた時期のトレーニングに固執したり、「このくらい挙げられたら良いな」という希望的、非現実的な数字を目標に設定したりします。当然、その目標はクリアできず、クリアできないことに対して「なぜ挙がらないんだ?」とさらに焦りを募らせるのです。
2. 答えなき模倣地獄 —「作り込みのフォーム」という袋小路
がむしゃらに追い込んでも記録が伸びないため、次に多くの人が取る行動は、外部の情報、特にトップ選手の真似をすることです。しかし、これもまた負の連鎖を加速させる原因となります。
タイプの違う選手の模倣: 自分と違うタイプの選手のフォームを真似しても、見た目の形はコピーできても本質は理解できず、身体に余計な負担をかけて怪我につながる場合が多々あります。
「合成したフォーム」の誕生: さらに深刻なのが、複数のトップ選手の「いいとこ取り」をしてしまうことです。A選手のグリップ、B選手のブリッジ、C選手の足の位置といったように部分的なテクニックを寄せ集めた結果、フォーム全体がぐちゃぐちゃになってしまいます。これは、身体全体の歯車が噛み合わなくなる「使えない身体」への道であり、決して記録は伸びません。
「作り込みのフォーム」の定着: このような模倣によって、本来の自然な動きとは異なる「作り込みのフォーム」が身体に染み付いてしまいます。また、厄介なことに、時にこの作り込みフォームは、まわりからは「良いフォームだね」と褒められる場合があるのです。しかし、本人の感覚とはズレが生じており、成長を妨げ、怪我のリスクを高めるのです。
3. 身体からの悲鳴を無視する代償 — 悪化するパフォーマンスと怪我
心理的な焦りと間違ったフォーム修正が重なり、身体はさらに悲鳴を上げ始めます。
悪循環の加速: 身体のどこかに違和感や痛みがあっても、その根本原因であるオーバーワークを改善しようとせず、小手先のテクニックでフォームをコロコロと変えてごまかそうとします。これは、歪みに更なる歪みを重ねる「二重の歪み」を生じさせ、事態をさらに悪化させます。
取り返しのつかないダメージへ: 関節は消耗品です。痛みや違和感を無視してトレーニングを続けると、将来的に取り返しのつかないことになりかねません。一度痛めた肩などは、完全には元の状態に戻らないと覚悟すべきです。
4. 負の連鎖の終着点 — 記録の低下、そして離脱
この負の連鎖の先にあるのは、悲劇的な結末です。がむしゃらな追い込み、タイプの違う選手の模倣、作り込みのフォーム、そして身体からの警告の無視。これらが重なった結果、神経系統は完全に疲弊しきってしまいます。
最終的には、プログラムを始める前よりも記録が低下してしまったり、深刻な怪我をしてトレーニングそのものが出来なくなってしまったりするのです。大げさな話ではなく、私の元にはこのような経験を経てきた方が本当に多く訪れます。
第4章:特別警報:なぜパワーリフターは専門家の真似をしてはいけないのか
この負の連鎖は全てのトレーニーに起こりうることですが、特にベンチプレスだけでなくスクワットやデッドリフトも行うパワーリフターが、ベンチプレス専門選手の高頻度メニューを安易に真似すると、回復が追いつかず、この罠に極めて陥りやすくなります。その理由は、回復のために使えるエネルギーの「総量」とその「配分」が根本的に異なるためです。
回復エネルギーという「リソース」の配分問題
身体がトレーニングから回復するために使えるエネルギーや精神力、体力といったリソースには限りがあります。
パワーリフターのリソース配分: パワーリフターは、スクワット、ベンチプレス、デッドリフトという3つの高強度な種目を行います。そのため、回復のためのエネルギー総量を、これら3種目に分割して配分しなければなりません。
ベンチプレッサーのリソース配分: 一方、ベンチプレス専門の選手は、回復のためのエネルギーのほぼ全てをベンチプレスに注ぐことができます。
パワーリフターがベンチプレッサーの真似をすることは、このリソース配分を完全に無視した行為です。ベンチプレスにエネルギーを使いすぎれば、スクワットやデッドリフトの回復からリソースを奪うことになり、それでもなおベンチプレスの回復すら追いつかなくなるのです。
局所的な疲労 vs 全身のシステム疲労
さらに、パワーリフターの場合は、ベンチプレスの疲労に加え、スクワットとデッドリフトによる全身へのシステム的な疲労が重くのしかかります。筋肉の回復は早くても、神経系統や脳の回復は非常に遅いため、気づかぬうちに疲労が限界を超えて蓄積していきます。
その結果、強化しようとしていたベンチプレスが停滞・低下するだけでなく、回復リソースを奪われたスクワットとデッドリフトの不調が深刻になります。特に、ベンチプレスとデッドリフトの調子は反比例することが多く、ベンチプレスをやり込むことで生じる上半身の固さが、デッドリフトのフォームを崩す原因にもなるのです。
結論として、全身のバランスとトータル重量を追求するパワーリフターにとって、1種目に特化した選手の練習量を安易に真似することは、短期的な成長と引き換えに、長期的な停滞、他種目の不振、そして深刻な怪我という、あまりにも大きな代償を払うことになりかねない極めて危険な行為なのです。
一度「負の連鎖」にハマってしまうと、冷静な判断力を失い、自ら状況を悪化させてしまいます。この連鎖から抜け出すためには、一度立ち止まり、がむしゃらに追い込むのではなく、頻度やボリュームを落とす勇気を持ち、自分自身の身体と真摯に向き合うことが不可欠なのです。
本気のあなたへ
厳しいことをお伝えしてきましたが、これが多くのトレーニーが直面する現実です。
ボリュームと頻度だけで伸び続けることができるのは、世界でもほんの一握りの、神に選ばれた天才や、肉体的な素質に恵まれた人だけです。
「自分だけは特別かもしれない」
その気持ちは痛いほどわかります。しかし、もし今あなたが伸び悩み、怪我に苦しんでいるのなら、残念ながら、あなたは「特別」ではないという現実を受け入れることから始める必要があります。
では、なぜ多くの人が壁にぶつかるのでしょうか?その原因は、良かれと思って取り組んでいるトレーニングそのものに潜んでいることがほとんどです。
まず考えられるのが、あなたに合っていない「プログラム」、特にその「頻度」や「強度」の設定です。
・ネットの情報に惑わされ、自分に合わない高頻度・高強度なプログラムを安易に取り入れていませんか?
・ベンチプレッサーの練習メニューを、スクワットやデッドリフトも行うあなたがそのまま真似していませんか?(そもそも回復力が全く異なります)
・直感やその日の気分に頼った無計画なトレーニングを続けていませんか?(それで伸びるのはごく一部の才能ある人のみです)
しかし、プログラムだけが問題なのではありません。どんなに優れたプログラムも、間違った「フォーム」で行えば効果は半減し、怪我のリスクを高めるだけです。
・トップ選手のフォームを見た目の「形」だけ真似してしまい、力の伝え方という「型」を理解していますか?
・そもそも人の身体の使い方は皆同じではありません。自分と違うタイプの選手の真似をしても、パフォーマンスは向上しないどころか怪我のリスクを高めてしまいます。
・特定の筋肉に「効かせる」こと自体が目的の「筋トレ」レベルに陥り、全身を調和させて動かす「連動性」を失っていませんか?
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