アントン・チェーホフ
”人間は好んで自分の病気を話題にする。生活の中で一番面白くないことなのに
”
「病気は、気づかないことが大事」というのが、私の考えです。
もちろん、予防的に発見することは大切です。
気づかなければ、最後の最後までQOLを落とすことなく、生きることができます。
老衰で亡くなった人を調べると、がんが見つかることはよくあります。
人間ドックなどを受けていなかったので、つらい治療をたくさん受けて、チューブや機械につながれた状態で死なずにすんだのです。
これは“死因”を決めるというのが実際はかなり曖昧で、医師が死亡診断書に肺炎、心不全と直接的な死因となった原因疾患を書きますが、がんなのか老衰なのかを厳密に判別しているわけではなく、医師の裁量に任されているのです。
私も大学病院に勤めているとき、がん治療の末に亡くなる患者を看取ってきました。高齢の方も大勢いました。
「つらい思いをしたくないから、検査はしたくない」「もう、いつお迎えが来てくれてもいい」と本人が願っているのに、「悪いところがないか調べてください」と家族がいって、検査を受けさせられてしまう人が少なからずいました。
そうしてがんが見つかった先は、本当に悲惨なのです。
われわれ医者は、「病気が見つかったのに治療をしない」ということができません。
医師法におけるもっとも大事な義務が、「病気を治療する」ことだからです。治療をせずに転移し、患者が亡くなることがあった場合、訴訟を起こされることが多々あります。近年では医療訴訟で医師が負けることも珍しくなくなってるのです。
また、大学病院にいれば必然的に結果が求められ、必要のない手術、治療を行って“数”を稼がなければなりません。
群馬大学病院では、第2外科助教(当時)による腹腔鏡手術を受けた患者8人が術後4カ月以内に死亡、開腹手術の患者も09年以降に10人死亡しました。その後の調査で、同医師による手術死患者は、開腹手術も合わせて合計30名にも上ることがわかったのです。
最もその異常なのが、第一・第二外科という二つの外科の存在で、トップに君臨する教授の出身大学が旧帝大系(第一外科)か、群馬大(第二外科)かで二科に分かれていたのですが、どちらにも同じ消化器外科、呼吸器外科、移植外科などがあり、それぞれに医師を雇っていたことなのです。
そして二科は互いを敵視し、医療を補完し合うことはなく、手術件数などの成果を競っていたといいます。このようにくだらない派閥・利権争いのせいで患者が山のように犠牲になっているのが実情なのです。
さらに、尊厳死や安楽死制度の遅れている日本では、「ポックリ逝きたいんだよ」と願っているおじいちゃん、おばあちゃんにも、がんが見つかれば、ガイドラインに示された治療を行うしかなくなります。
がんに気づきさえしなければ、老衰の状態で、安らかに人間らしく死んでいけたかもしれない。
でも、がんに気づいてしまったために、死ぬほどつらい抗がん剤治療を受け、ベッドにしばりつけられた状態で苦しみながら死んでいくことになったのです。
医者はみな、その苦難を目の当たりにしています。
そのためか、「精密検査を受けない」との選択をする医者も多くいます。
105歳で亡くなられた日野原重明先生(聖路加国際病院名誉院長)も、ある程度の検査は受けていましたが、精密検査は最後までしないと自分で決め、胃ろうなどもせず、自宅で最後の時をご家族と過ごされました。
私の家系も医師家系ですが、皆最期は検査も治療もいっさいしませんでした。最後はおなかがパンパンに張っていたので、おそらく、大腸がんか肝臓がんだったと思います。
検査をしていないので、本当のところはわかりません。
ペインコントロールといって、痛みのコントロールのために点滴を1週間ほどし、穏やかに死んでいきました。
それができたのは、がんであることを確かめなかったからです。
ところが、「検査をせず、治療もせず、死んだ」となると、「早期発見できていれば、手遅れになることもなかっただろうに」という人がいます。
「かわいそうに」と憐れむ人もいます。平均寿命より早く死ぬと「かわいそう」であり、平均寿命より長く生きると幸せという人もいます。
その価値観は、いったい誰のものですか。
すべては「価値観」です。人は、生まれてくる日も死ぬ日も決められません。でも、生き方や死に方は自分で決められます。
自分の価値観にしたがっていき、自分の価値観を大切に死んでいくことができたなら、たとえ平均寿命より前に死んでも、がんの発見が遅れて死んでも、これほど尊いことはないはずです。
「かわいそう」というのは、「みんな同じがいい」と思っている人が、自分の価値観から外れてしまった人に向けていう言葉。そんな言葉に、意味などまるでありません。
死ぬタイミングや治療を受けるのは、医師や病院に決められるのではなく、一人一人が決めなければなりません。
前述したように、今変わらなければならない状態に医療界は来ています。
私がどうしてもやりたいのは、持続可能な医療をつくることです。
たとえ、われわれがこのまま好き勝手に生活をしていたとしても、われわれの命は、おそらく守られるでしょう。
しかし、100年後の子供達の世界はどうでしょうか。