五戸美樹のごのへのごろく〜滑舌イコール「口を大きく開く」ではない 〜

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五戸美樹のごのへのごろく〜滑舌イコール「口を大きく開く」ではない 〜
《 本日のごのへのごろく 「滑舌は 努力で必ず 変わります」》 

 「滑舌(かつぜつ)が悪いのをなんとかしたいです。」…アナウンススクールや、私のトークレッスンの生徒たちからよく言われるお悩みです。気にし始めてから、さらに滑舌が悪くなるという、負のスパイラルに陥っている方は本当に多いです。何より私がそうでした。滑舌を良くするために、これまで言われてきた方法は、「口を大きく開く」ですが…実は、これは大きな間違い。滑舌に悩む全ての方へ、本当の滑舌トレーニングをお伝えします。声と脳の専門家・山崎広子先生監修・トーク編第41回、今回は「滑舌を良くする方法」です。 

 ■一般的になった専門用語■

「滑舌」という言葉は、元々は声優やアナウンサーなど、芸能の業界で使われる専門用語でしたが、今は一般的に使われるようになりました。話している時の言葉が明瞭であることを「滑舌が良い」と言い、逆にクリアに聞こえない時、例えば「ら」が「だ」に近くなるような発音の時に「滑舌が悪い」と言われます。

 ■赤ちゃんの時発音を知る■

 私たち人間は、物心つく前から聴覚を有しており、周りから聞こえる発音を自分の声で再現し、声を出しながら無意識に聴覚で確認することで、「ママ」「パパ」と発音できるようになっていきます。

 ■滑舌の悪さを自覚する■

滑舌が悪いことを悩んでいる方の多くは、録音した自分の声を聞いたり、人に「滑舌が悪い」と言われたりすることで、初めて自覚するケースが多いです。私は大学生の頃に通ったアナウンススクールで指摘をいただき、初めて自分の「さしすせそ」が明瞭でないことに気づきました。

 ■なぜ気づかなかったのか■

私たちは声を出す時、耳を塞いでも聞こえる「骨導音(こつどうおん)」と、空気の振動で聞こえる「気導音(きどうおん)」を同時に聞いています。録音した自分の声が、思っているものと違って聞こえるのは、録音した声は「気導音」のみの声だからです。

 「骨導音」は、体の内側で、簡単に言うと響いて聞こえるので、良い音に聞こえやすくなります。骨導音と気導音、どちらをどのくらいの割合で聞いているかは、人によって異なります。私の場合は、骨導音のほうが大きく聞こえていたため、誰かに指摘されるまで「さ」がクリアに言えていないことに気づかなかったのだと思います。

 ■口を大きくたくさん開く罠■

私は滑舌を良くするため、口を大きく開くことを意識しました。ニッポン放送にアナウンサーとして入社してからも、アナウンス教本を毎日3時間以上、口を大きく開いて訓練しました。

しかし、滑舌はいつまでたっても良くなりませんでした。「お知らせです」が「お知だてです」になってしまうのです。それはなぜだと思いますか? そう、口を大きく開けば開くほど、滑舌は悪くなるからです。

考えてみれば、当たり前ですよね。普通に話している時に口を大きく開いて話している人はいません。口を大きく開くと、「オ、シ、ラ、セ、デス」となり、不自然な話し方になります。大きく開きながら自然なスピードにするために早く動かそうとすると、一音一音が追いつかなくなって、「お知だてです」になってしまうということ。

 ■怖い!嘘を教える教室■

私は、当時お仕事をご一緒していた、声優の岡野浩介さんに、「そんなに口を大きく開かなくていいんだよ」と教えてもらい、初めて“滑舌イコール口の開き”という考えが誤っていることを知りました。

残念ながら、日本の話し方教室ではいまだに、「もっと口を大きく開いて」とアドバイスしているところが存在しています。滑舌を良くしたい方は、正しいアドバイスか見抜くようになさってください。私のトークレッスンでは、ボイストレーニングの一環として、口を大きく開くタイミングもありますが、話す時に口を大きく開くことはありません。(ちなみに歌う時の口の開き方はまた異なり、口を大きく開くことも多々あります)

 ■滑舌を良くする方法その1■

これまで“口を大きく開けることこそ滑舌を良くする唯一の方法”と思っていた方は、開きすぎているために滑舌が悪くなっていることが考えられます。そういった方は、まず口元をだらんとさせて力みを取ってください。そして、それ以上開けないようにして口元を動かし、かつ舌を動かす子音(タ行、ナ行、ラ行、ダ行)では舌を動かし、唇を使う子音(マ行、バ行、パ行)では唇も動かしてください。

 ■滑舌を良くする方法その2■

それでも滑舌が悪い場合は、舌や唇が正しい位置で動いていない可能性が高いです。たとえば、「サ行」を言うとき、「ラ行」のように舌が動いていたことが原因で、「サ」が英語の「tha」に近くなってしまう方がいます。「サ」は、舌を下の歯の裏側につけたままにして、「サ」と声を出す時に口を少し開くのが、正しい位置です。(厳密に言うと正しい位置は微妙な個人差があります)

他にも、「ラ」が「ダ」に近くなる方は、「ラ」を発音する時の最初の舌の位置が間違っていることが原因です。「ダ」は舌が上あごにべったりつく一方、「ラ」は舌の先っぽだけが上の歯の裏側につきます。

なお、私の場合は、「サ」は、「ラ」のように舌を動かすのが正しいと、中学の頃に誰かから言われ、その後学生時代にアナウンススクールで正しい舌の位置を習うまで、約6年も誤った位置で発音していました。日常生活から「サ」の舌の位置を確認しながら話すことで修正をしましたが、正しい位置に慣れるまで1年はかかった記憶があります。(しかしせっかく「サ」を「サ」と言えるようになったのに、その後も口を大きく開いていたため、なかなか滑舌が良くならなかったというのは上述した通り…今思えば苦労しました…)

 ■多々ある滑舌問題ないケース■

また、口の開きや舌の位置が間違っていないのに、「滑舌が悪いのが悩みだ」と言う生徒さんもいます。そういった方は、滑舌が悪いと思い込んでいるだけで、実際は滑舌に問題はなく、息を飲み込むように声を出しているので、声がこもって聞こえる、あるいは不自然に音程が高く上ずって聞こえるなど、別の問題がある場合がほとんどです。

これは、自分の声を録音してチェックすることでわかります。それはオーセンティックボイスを見つける上で、もっとも効果的な方法なのです。


「第65回・元ニッポン放送アナウンサー五戸美樹のごのへのごろく」
 【参考図書】
山崎広子先生の新著書『相手に届き、自分を変える 心を動かす「声」になる』(大和書房)。
『8割の人は自分の声が嫌い 心に届く声、伝わる声』(角川新書)、『声のサイエンス あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか』(NHK出版新書)、『人生を変える「声」の力』(NHK出版)。
◆山崎広子(やまざき・ひろこ)
国立音楽大学卒業後、複数の大学で音声学と心理学を学ぶ。音が人間の心身に与える影響を、認知心理学、聴覚心理学の分野から研究。音声の分析は3万例以上におよぶ。また音楽・音声ジャーナリストとして音の現場を取材し、音楽誌や教材等への執筆多数。「音・人・心 研究所」創設理事。NHKラジオで講座を担当したほか、講演等で音と声の素晴らしさを伝え続けている。


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