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五戸美樹のごのへのごろく〜本当に怖い…声が悪くなるボイトレ 〜

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五戸美樹のごのへのごろく〜本当に怖い…声が悪くなるボイトレ 〜
《 本日のごのへのごろく 「独学じゃ 生徒をさらに 傷つけます」》 

5月はじめ、テレビ番組『マツコ会議』で、とあるボイストレーニングが紹介されました。声に悩む女性が、そのボイトレによって、不自然な高音に矯正されていました。マツコ・デラックスさんは、声が老けたと悩む女性に「今の声のほうが好き」と伝えるなど、要所要所でとても的確な発言をされていて、さすがだなと思いました。それでも、不自然な高音を評価する意見もあり、私も、声と脳の専門家である山崎広子先生も、危機感を覚えています。山崎広子先生監修、トーク編第45回、「ちまたにあふれる危険なボイストレーニング」。 

 ■要約■

今回とても長くなったので、要点を先にまとめます。

・自分の経験と独学しかない、勉強不足な講師が多すぎる
・高い声イコール素晴らしい、という価値観が間違い
・歌のボイトレとしゃべりのボイトレは違う
・現状、ボイトレの良し悪しはテレビ局でも判断ができない
・マツコさんの感想をカットしなかったことは英断
・違うと思ったらその教室に通わないこと

 ■ボイストレーナーの独学はNG■

『マツコ会議』で紹介されたのは、歌手でボイストレーナー・T氏。T氏は生徒に、下唇の下に指を当てながら、「まーめーみーもーむー」と発声させていました。

T氏によるとこれは、「表情筋から発声を良くするため」であり、「下唇が動くと、アゴが下がって音が下がる。顔も垂れ下がるし、喉周りの筋肉も使う」のだそうで、「上唇を持ち上げて、“マー”と言うことで、声を持ち上げていく訓練」なのだそうです。残念ながら、おっしゃっていることのほとんどが誤りです。

もしかしたら番組編集上、誤っている部分が強調されたのかもしれません。そうだとしたら申し訳ないですが、コラムの特性上、オンエアを見ての判断をさせていただきます。

また、私と山崎先生は、T氏を糾弾したいわけではありません。T氏だけが間違っているわけでもなく、ボイトレに通うことで声を悪くした事例は残念ながら全国に数えきれないほどあります。T氏は心から「声に悩む人を助けたい」と思っていらっしゃるのだと思いますし、それは素晴らしいことだと思います。だからこそ、独学を広めるのではなく、学びを深めていただきたいのです。ご自身と、たくさんの生徒さんのために。

 ■声と表情筋の関係■

まず、「表情筋から良くする」について。人間は表情筋だけでしゃべっているのではありません。足の先から頭の先まで、全身の筋肉も骨も皮膚も全て使って声を出しています。もちろん表情筋は重要ですが、表情筋の動きだけに注目するのは誤りです。

マツコさんは「下(あご)が動かないと発声ができなくなっちゃう」と言っていました。全くもってその通りです。人間は話す時も食べる時も、顎関節が動きます。顎関節は下にしか開かないため、下あごが動くのは自然なことです。(なお、下あごを不必要に大きく動かすのも誤りです)ちなみにT氏は「顔の下半身ばかり使うと喉を痛めやすい」とおっしゃっていましたが、これも誤りで、喉を痛めやすい方は、下あごと無関係に咽頭に力が入っている場合が多いです。

話している時に少し下あごが動くことを確認するために、下唇の下に指を当てるのはいいでしょう。

 ■声と音程の関係■

そもそも、音程の高い声が美しいとは限りません。このコラムでは何度もお伝えしていますが、人にはそれぞれの「オーセンティックボイス」があります。身長や性別や年齢で、出しやすい声の高さは変わります。先日辞任を発表したメイ英首相の会見をご覧になりましたか?低く落ち着いた、大人の女性の声です。メイ首相に高い声を求めますか?

なお、歌のレッスンで、音域を広げるために高い声を練習することはあります。

そして、声を明るくするためには高音にすることが唯一の方法だと思っている方がいますが、これも誤りで、低いなりに明るくすることは可能です。たとえば福山雅治さん。低音で明るい話し声をお持ちです。

 ■声と鼻腔・息の関係■

T氏はまた、「いい発声はお鼻の空洞を使う。口の空洞だけを使っているからこもっている方が多い」ともおっしゃっていました。残念ながらこれも誤りで、しゃべる時に鼻腔を使わないで声を出すことは不可能です。極端に鼻が詰まっていたり、鼻をつまみながらしゃべったりしない限り、声を出す時は鼻腔を使います。

こもって聞こえる方は多くの場合が、声を出す時の息づかいに問題があります。声そのものは悪くない場合が多いです。本来は吐いて出す息を、半分くらい飲み込みながら出していると、こもっているように聞こえます。謙虚な方ほど起こる現象です。

ちなみに、私がボイストレーニングで教える方法は、息を前にぶつけるイメージで、「ぶつける」と言います。息を吐きながら声を出す感覚を知ってもらうためです。

 ■声と年齢の関係■

番組ではさらに、フリーアナウンサーのHさんが通っていることが紹介されました。Hさんは、アナウンス業を27年続けていて、顔と声が老けてきたと感じ、引退が頭によぎったため、通い始めたのだそう。

Hさんは声優としても活躍されていて、アニメに出演しています。当初は32歳で演じていた役を、アニメ化15周年を記念して“ボイスリメイク版”を収録することになり、40代後半で同じ役を演じたところ、監督に「声が老けた」と言われたのだそうです。

当初の声と、リメイク版の声を比べてみたところ、確かに音程は下がっていましたが、マツコさんは「あたし、後(リメイク版)のほうが好き」と言っていました。私も山崎先生もその意見に同意します。

歳を重ねて、音程が下がることを「老けた」と思わなくていいのです。「より大人の女性になった」というだけのことです。本来は低い声なのに、無理して高い声を出すと、不自然で気持ち悪く、自分にとっても聞き手にとっても健康的でありません。もちろん無理して低くする必要もありません。

 ■声と声優さんの関係■

また、Hさんの場合は声優として、以前と同じ役を演じたところが重要なポイント。32歳で演じていた声を、15年後に急に、全く同じに出すことはまず不可能です。声優として継続的に、その声を演じる時間を、定期的に作っていないと難しいです。Hさんはこの15年、声優としてよりも、アナウンサーとして活躍されていた時間のほうが長いのではないでしょうか。

そして、以前と全く同じ声で録るなら、リメイクする必要がないと思います。この“ボイスリメイク版”のアニメーション(画像)は、15年前のままだからです。せっかくリメイクするのだから、40代のHさんが演じることに意味があると思います。もし、あまりに役のイメージから離れてしまっていたら、Hさんにオファーがいっていないのではないでしょうか。

 ■声とメンタルの関係■

番組では最後に、ディレクターが「スタジオにお返ししまーす」と言った時の声が良くなった、という話でしめられていました。ディレクターさんはその前のところで、「口角挙筋が“お亡くなりになった”」という話題がありました。確かに表情筋は固そうですが、声そのものは悪くないと思います。ディレクターさんの場合は、自信がなさそうな、言葉の選び方に迷っている感じが、話し方に出てしまっているところが問題なので、最後はハッキリしゃべろうとした成果が出た印象です。

 ■声とボイトレの関係■

前述の通り、ボイトレに通うことで発声が悪化した例は本当にたくさんあります。原因は講師の勉強不足、そして日本全体の声に対する認識の甘さです。

ボイトレは大抵が高額です。一度行ってみて、「なんか違う」と思ったら、それ以上通われないことをおすすめします。

そしてもし良かったら、一度でやめないこともおすすめします。私は自分の声を見つけるのに、4〜5年かかりました。声優の岡野浩介さんに教わったことは大きく、私は1人では無理だったと思います。私のトークレッスンでもボイトレを行いますが、1回で全てをお伝えすることは難しいです。とはいえ永遠に通っていただくことは目的ではなく、自分の声を見つけて“卒業”していただくことを目指しています。

また、必ずしもボイトレに通う必要はありません。山崎先生と私が再三お伝えしている、「自分の話している声を録音してそれを聞く」、これが一番の方法で、1人でできます。そのほか私の練習法は、拙著『人前で輝く!話し方』の後半にまとめました。山崎先生の本もぜひお読みください。

「第69回・元ニッポン放送アナウンサー五戸美樹のごのへのごろく」
【参考図書】
山崎広子先生の著書『8割の人は自分の声が嫌い 心に届く声、伝わる声』(角川新書)、『人生を変える「声」の力』(NHK出版)、『声のサイエンス あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか』(NHK出版新書)、『相手に届き 自分を変える 心を動かす「声」 になる』(大和書房)。

◆山崎広子(やまざき・ひろこ)
国立音楽大学卒業後、複数の大学で音声学と心理学を学ぶ。音が人間の心身に与える影響を、認知心理学、聴覚心理学の分野から研究。音声の分析は3万例以上におよぶ。また音楽・音声ジャーナリストとして音の現場を取材し、音楽誌や教材等への執筆多数。「音・人・心 研究所」創設理事。NHKラジオで講座を担当したほか、講演等で音と声の素晴らしさを伝え続けている。


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