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改めて自己紹介。三土手大介とは?

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改めて自己紹介。三土手大介とは?

改めて自己紹介させて頂きます!

ノーリミッツオーナー三土手大介です。私のプロフィールなどは公式ホームページはじめ、色々な所で出しておりますが、今回は改めて自己紹介をさせて頂きます。
三土手大介はどのような生い立ちでどのような人物なのか?興味ある方は是非最後まで見て頂けると嬉しいです。

実は子供のころは病弱だった

 私は1972年8月26日に横浜で生まれました。子供のころから太っていましたが、見た目とは逆に結構病弱でした。4歳の時に川崎病という難病にかかりました。川崎病にかかって一番問題なのは、心臓の血管である冠動脈に動脈瘤(こぶ)を形成することです。毎年定期的に検査を受けに行っていたのですが、中学二年生の時に心臓に影があるという事で、検査手術を勧められたこともあります。ただ、その手術をするとその後満足に運動が出来る状態になる保証が無いと言われて、迷った挙句私は手術を受けない事を決断しました。

ですので、私は中学二年生の時からいつ何があってもおかしくない状態と受け入れて、今頑張れることは今頑張るというメンタルの持ち主になりました。死ぬ気になれば何でもできるという気持ちです。その後二十歳まで検査に毎年行って幸いなことに特に異常が見られず、現在まで何とか生きております(笑)

そんな私ですが学生時代は川崎病で心臓に影響がある可能性+高校生くらいまでは小児喘息も持っていましたので、運動をしていてもすぐに息が苦しくなってしまい、校内マラソン大会などはほとんど見学していました。そんな感じで長距離系は全くダメだった私ですが、瞬発的な動作を要するものはどれも凄く得意でした。鉄棒も得意でしたし、跳び箱や器械体操はクラスで一番でした。バック転などは朝飯前でした。高校の時のスポーツテストでは反復横とびは校内一という記録を残すほど俊敏でした。(ちなみにその時の体重は100kg。)そういったこともあって、周りの友達に“メチャクチャ動けるデブ”と言われ不思議がられていました(笑)

空手のためにウェイトトレーニング開始

そんな私がウエイトトレーニングを取り入れたのは13歳のときでした。突然天から降ってきたかのように「ウエイトトレーニングをしなければ!!」という思いが身体の中に溢れたのです。
当時のトレーニング方法は全て直感で、その日にやりたいものを適当にやる、といった非常にいいかげんなものでしたが、毎日毎日が楽しくて仕方ありませんでした。また、使用重量が伸びるにつれて空手も強くなっていくのが凄く実感できました。
(中学二年生頃の三土手大介)

高校二年生の終わり頃にはベンチプレスで165kgができるようになっていましたし、スクワットも200kgくらいで練習していました。高校三年生のときにパワーリフティングという競技の存在を知り、普段トレーニングしている種目が競技になっているなんて、なんて素晴らしいんだ!と思い、すぐに申し込み、夏の全日本高校大会に出場しました。結果は3位・・・。自信を持って挑んだ大会でしたので3位という結果には凄くショックでした。当時は自分より強い高校生はいないだろうと思っていましたから……。結構なめてかかっていました(笑)
でも、負けて良かったのです。私がパワーリフティングを続けようと思ったのは、この大会で負けたからです。もし、あっさり優勝していたら、こんなものかと思い、辞めていたと思います。

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