がやてっくの火曜日ブログVol.155

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がやてっくの火曜日ブログVol.155
皆様、こんばんは!
越谷雑談がやてっく管理人のogykです。
本日も、がやてっくのブログを更新させて頂きます。

宜しくお願い致します!

まるでがやてっく変遷まとめ


今日は、まるでがやてっくの誕生から現在までをご紹介した「まるでがやてっく変遷」という記事をご紹介させて頂きます!

現在、サイバー攻撃を受けて閉鎖しているまるでがやてっくですが、まるでがやてっくが閉鎖に追い込まれるまでには、実に色々なことがありました。

まるでがやてっく変遷は、そんなまるでがやてっくの紆余曲折をまとめた記事です。これを機に、まるでがやてっくがこれまでに辿ってきた歩みをご紹介出来ればなと思っております。

それでは参ります。まるでがやてっく変遷、スタートです!

まるでがやてっく変遷、その1


越谷雑学まるでがやてっくが閉鎖になってしまい、そのことをお知らせしようとこの企画を始めましたが、如何に珍しい状況とはいえ、毎日新しい情報があるわけでもなく。。。笑

※正確に言えば新情報はあるのですが、現時点で出していい情報と今はまだ出さないでほしいと言われている情報があります。


復活作業といっても、話し合いと作業をお願いするの繰り返しで、話し合いの内容をポンポン外に出してもいいわけではなく、本当の意味で進捗をこまめに発表出来るのは、越谷密談がやてっくの記事だけという状況です。

※良かったら遊びに来てください。最初の30日間は無料です。


せっかくまるでがやてっくのことを文章にし始めたで、まるでがやてっくのこれまでを振り返るというのもアリですかね。


まるでがやてっくは、これまでに3回、大きく形を変えています。越谷雑談がやてっくの記事にコメントをするコメント掲示板→越谷雑学まるでがやてっく→地域掲示板群:越谷雑学まるでがやてっく。変化に名前を付けるなら、こんな感じになるでしょうか。


コメント版としてのまるでがやてっくは、箸にも棒にも掛からない越谷雑談がやてっくという地域サイトを、どうにかして盛り上げることは出来ないかという策の中から生まれました。


当時は、自分たちでの懐+クラウドファンディングのご支援で制作予算を集め、なんとかギリギリ制作費用を確保しました。当時ご支援を頂いた方には、本当に感謝しております。つたない企画にご支援を頂き、本当にありがとうございました。


今考えると、ご支援を頂いたのにも関わらずサイバー攻撃を喰らって閉鎖するなんて、不甲斐ないですね。本当にすみません。すぐに復活し、セキュリティを高めて、利用を高水準で維持できるよう努めます!


当時は、僕自身がまるでがやてっくの機能をよく理解おらず、1つの掲示板にスレッドを展開すること以外に使い道がないと考えており、まるでがやてっくのレイアウトが非常に縦長になってしまい、スクロールするのは大変でした(笑)


カテゴリ掲示板(親)とジャンル掲示板(子)をくっつけることが出来ると知ったのは、かなーり後になってからでした。それこそ、つい最近の話です。


越谷雑談がやてっくのコメント板としてのまるでがやてっくは、必ずしも好調なスタートを切れたというわけではありません。1日に書き込みは5件くらい、多くて10件いくかいかないかという感じでした。


今でこそ、まるでがやてっくは多少放置していても何かしらの書き込みが増えている感じになりましたが、当時はまったく・・・笑 自分でちょこちょこ書き込みを増やして、新情報を追加するなんてことをよくやっていましたね。


越谷雑談がやてっくのアクセスを増やすために作ったのに、まるでがやてっくの認知を上げるために自分で書き込みをしなければいけないなんて、本末転倒もいいところです(笑)


そんな枯れかけみたいな状況だったのですが、一方で、掲示板を始めたことでしか分からない不思議な現象も起こり始めました。越谷雑談がやてっくとは関係のない、自由に物事を記入していいよという板で、書き込みによる会話が生まれ始めたのですね。


ここからまるでがやてっくは、越谷雑談がやてっくとは違う独自の文化育むようになっていきます。


まるでがやてっく変遷、その2


越谷雑談がやてっくのコメント欄として作られた越谷雑学まるでがやてっく。コメントを増やしてサイトのアクセス数を増加させられればという狙いがありました。しかし、その思惑とは裏腹に、発足当初は記事に対するコメントはほとんどありませんでした。


今考えれば当たり前です。がやてっくという名前自体が全然知られていないのですから。相当焦ってたんですね。なんとかして、すぐにでもがやてっくを大きくしなければと、半ば自棄になっていたのだと今は思います。


作ってはみたものの、コメントは全然入らない、サイトのアクセス数も伸びない、これは厳しい。当時はそんなことばかり考えていました。そもそも、SNSが当たり前の世の中で電子掲示板ですからね(笑) やっぱり、ちょっと無理があったのかなと。思い始めました。思い始めましたとも(笑)


しかし、全然予想していなかった現象が起こり始めたんです。発足から約1か月後、越谷雑談がやてっくの記事経由ではなく、まるでがやてっくオリジナルの板にちょこちょこコメントが入るようになりました。


自由記入という板です。まるでがやてっくにたどり着いた利用者さんが、勝手にスレッドを立てて、勝手にコメントをする。越谷雑談がやてっくの記事に対してコメントをするのではなく、利用者さんたちが話したいことを勝手に話すという流れが生まれたんです。流れといっても、ほんとに小さなさざ波くらいのものです。でも、「そうか、まるでがやてっくはまるでがやてっくとして扱った方がいいのか」と思わせてくれるのに、十分すぎる説得力を持っていました。


うんともすんとも言わない中で明確な動きがあったものですから、当時の焦り散らかしていた僕からすれば、万々歳だったわけです。


それからまるでがやてっくは、「がやてっくにコメントもできるし、市内の誰かとダラダラ話せるし」という方向へ変化していきました。


ここが1回目のピークでしたね。友人にお願いして運営をお手伝いしてもらい、ユーザーが増え、まるでがやてっくのアクセスも伸びていきました。がやてっくからすると、最初の小さな成功体験でした。がやてっくにとっての初めての成功体験は、実はまるでがやてっくだったんです。まぁ、本当に小さな成功ですけどね。


ただ、この時はやれそうって素直に思いました。あ、まだ続けてもいいんだなと(笑) これ以上この状態が続くと、さすがに別の仕事をしないといけないと思っていた頃でしたから、ほんと、首の皮一枚でつながったような気分でした。


まるでがやてっくの1回目のピークがあったからこそ、越谷雑談がやてっくの今のやり方を見直そうと思えるだけの心の余裕が生まれました。僕がまるでがやてっくに今でも愛着を持っているのは、これが最初の成功だと認識しているからです。


この後、まるでがやてっくは一度運用をストップすることになります。今と似たような状況が、残念ながらこの後発生することになるんですね。この話は明日にします。長くなりそうですので!


まるでがやてっく変遷、その3


相も変わらず昨日の続きを。まるでがやてっくが1回目のピークを迎えたというところまで書きました。これが小さな成功体験となって、僕はギリギリがやてっくを続けていくことが出来たという(笑) ほんとに、もうちょっとでやめるところでした!


そういえば、この時はほとんど売上がなかったですね(笑) がやてっくではない別の仕事をして、保守費用やらサーバー代を捻出していました。懐かしいですね。今思い出しました!(パン屋さんをやってたのもこの頃だったかな?笑)


まるでがやてっくは利用者さんからの書き込みで成り立つので、がやてっくを知ってくれている人がいるという実感が強まるんですよね。当時、大きく救われたのはこの書き込みでした。今思えば、心無い言葉とかも沢山あったんでしょうけども、僕はあんまり気にしなかったですね。特定の人を誹謗中傷する書き込みはすぐに削除するけど、がやてっくへの悪口については、まぁいいやって感じでした(笑)


書き込み内容の良し悪しを気にしないで済んだのは、まぁ、もともとの性格もあるのかもしれないですが、そんなことよりも、がやてっくがちゃんと認識されているという強い実感があったからですね。あの頃は、本当にリアクションに飢えていたなと思います、、、、笑


まるがやの1回目のピーク時には、まるでがやてっく内でもひときわ目立つユーザーが何名かいらっしゃいました。その人が書き込むと、多くの人からツッコミが入るという事例がいくつかあったんですね。レギュメンとか、準レギュメンとか呼ばれてました。レギュメンは、僕と運営をお手伝いしてくれた仲間たちのことですね。自作自演ってやつです(笑)


とにかく盛り上げることが大事だと思っていたので、夜な夜な仲間たちと、まるでがやてっくを使っておしゃべりをしていました。ありがたいことに、そこに人が集まってくれて、会話が成り立ってたって感じですね。


当時は、1か月の書き込み量が4,000くらいで、PV数が5万~5.5万とかだったかな? 詳細な数字は覚えていないのですが、多分そんな感じでした。


一時期は、越谷雑談がやてっくよりもPV数が多かったんですよね。越谷雑談がやてっくのPV数が10万前後で、そのうちの半分以上はまるでがやてっくへのアクセスだったと記憶しています。


やっと回りだしたなぁと思った矢先のことでした。爆〇予告や殺〇予告などの書き込みが始まったんですね。あとは、淫らな勧誘です。踏んだらウイルスに感染する謎のファイル設置もあったかな。ログインが要らないタイプの掲示板なので、ある程度覚悟はしていたのですが、こんなに早いタイミングで来るかぁと、当時はかなりビックリしたことを覚えています。


これらは削除すれば問題ないのですが、沢山のスレッドが立っているまるでがやてっくは、その投稿を見つけるのがかなり大変でして。また、削除以外にも処理が結構大変でして。作業にかなりの時間を取られるようになってしまい、最後は維持することが出来なくなりました。


で、一度すべての板を非公開にして、実質まるでがやてっくは終了しました。まだまだ適度に書き込みがあったときです。悔しかったですね。まさか、強い安心を与えてくれた書き込みに、足元をすくわれることになるとは思いませんでした。がやてっくへの誹謗中傷はどうでもいいので好きにしてって感じでしたが、別の誰か、社会、これらに迷惑をかける行為を、まるでがやてっくにて宣言されるのは勘弁です。利用者さんや、たまたまアクセスしてくれた方が、まるでがやてっく内でウイルスに感染するなんてのも御免です。今の状態でまるがやを続けるのは難しい。ということで、一度閉鎖することにしました。


ここから、まるでがやてっくはしばらく動かなくなります。このあたりから、越谷雑談がやてっくの見直しを始めるようになりました。Googleに記事がキュレーションされるようになり、LINENEWSさんの企画に参画が決まり、少しずつ、越谷雑談がやてっくのアクセス数が上がっていくようになったんです。


まるでがやてっくはというと、閉鎖から約1年後に形を変えて復活します。TSBUYUAKIとかが始まるのがこの辺りですね。


まるでがやてっく変遷も、明日か明後日で最後になりそうです(笑) 最後までお付き合いいただければ嬉しいなと思います。


まるでがやてっく変遷、その4


さぁて、今日で終わるでしょうかね?(笑) まるでがやてっくのこれまでについてです。殺〇予告やら、爆〇予告やらの書き込みが増え、ウイルスを感染させるなにか?を設置され、と、賑わいに比例して好き放題やる者が出てきたことで、最終的には閉鎖することを決めたまるでがやてっく。まるでがやてっくのこうした対応に追われて、通常の作業に支障をきたすことが増えていき、いよいよ維持が難しくなっていきました。


これが今から約2年前の話です。越谷雑談がやてっくが発足して3年が経過したあたりのことだったと記憶しています。まるでがやてっくは、発足して9か月とかだったでしょうか。


その後、越谷雑談がやてっくのアクセス数が少しずつ伸び始めます。記事の書き方も少しずつ変化していきました。一昨年のはじめくらいにPV数が25万~30万くらいになり、昨年の8月あたりまでこの数字を維持。昨年の9月からはさらに数字が伸びて、42万~46万PVを漂う感じになりました。


まるでがやてっくに新たに板を作ったのが、たしか昨年の5月とか6月だったと思います。越谷雑学まるでがやてっくという板を作りました。越谷雑談がやてっくに掲載できるような情報を書き込みしてもらえたらいいな思い、1つだけ新しい板を作りました。板が1つだけであれば、どんな不審な掲載もすぐに削除出来ます。体制を優先する形で復活を果たしました。もちろん、問題の書き込みやファイルは全て除去しました。※結構大変でした(笑)


一度は閉鎖したまるがやですが、どこかで復活させたいという気持ちはずっと持っていました。過激な書き込みへの対応は大変ですが、知らない誰かとやり取りするあの感覚は、とても楽しかったのです。また、昨年の5月~6月あたりには、若干の環境変化もありました。パソコンに向かえる時間が少しだけ増えたことで、対処の時間を確保することが出来るようになったんですね。


越谷雑学まるでがやてっく板は平和なものでした。1日の書き込みは0~3件ほど。たまに変なスレが立ったりしましたが、早々に対処することが出来たので、そこまで問題にはなりませんでした。


だんだんと運営に慣れてきたのもあり、もう1つ板を増やすことを決めます。それがTSUBUYAKIです。書き込みに対して返信してはいけないという、まるがや初のルールあり板です。最初はまるがや板のスレッドでスタートし、そのあと板になりました。板にした背景には、とある利用者さんから「TSUBUYAKIはスレッドじゃなくて板にしてみては?」という連絡があったのが大きかったです。まるでがやてっくにおける初めてのリクエストでした。


書いていいのは「ひとりごと」だけ。そのひとりごとへの返信はナシ。これが意外と面白かったです。利用者さんも楽しんでくれたみたいで、書き込み量が1日10~20に増えました。皆さん意外とルールを守ってくれましてね。ルール違反は数えるほどしかありませんでした。


TSUBUYAKIが出来てから2週間が経過したくらいでしょうか。今書いている【管理人のエッセイもどき】という僕のブログ板を作ります。ここは書き込みすら禁止でした。僕が毎日スレッドを立てて、適当な文章を書くというもので、僕にとっての単なるライフワークを展開していました。


次に作ったのが大喜利板です。ずっとやってみたかったんですよね。これは今年の2月あたりにつくりました。がやてっくが毎日お題を出し、利用者さんに解答してもらう。昔からある、電子掲示板の遊びの1つです。


新しい板を作るペースは毎回バラバラでした。とにかく、既存の板が上手く回るようになってから次の板を作るということに気をつけていました。


越谷雑学まるでがやてっく・TSUBUYAKI・管理人のエッセイもどき・大喜利。


この4つの板から、新生まるでがやてっくが始まったと言えると思います。


すみません(笑) 終わらなかったですね(笑) 明日で最後です。明日は、2度目の閉鎖前のまるでがやてっくについて書かせて頂きます。


まるでがやてっく変遷、その5


よし!今日で完結させます!「まるでがやてっくのこれまで」です。越谷雑学まるでがやてっく・TSUBUYAKI・管理人のエッセイもどき・大喜利、この4つの板を作り、新生越谷雑学まるでがやてっくがスタートしました。


1日の書き込み量は30~50くらいでしたね。月間PV数は約4,000ほど。かつては万単位、多いときは十万単位のPV数を稼いでいたまるでがやてっくを知っている僕からすると、なんとも言えない気持ちでした。まるがやに対して、悪いことをしたなぁと思ったりもしましたね。


まぁ、一方では、「よし!もう1回やったるで!」という気持ちも湧いてきたので、結果的には、それでよかったのかもしれませんが。


この4つの板で4か月くらい運営したのち、越谷雑学まるでがやてっく板を一時非公開にしました。TSUBUYAKI・大喜利に書き込みが集中するようになってきて、まるがや板は過疎化していったんですよね。


この路線で板を増やしていこうかなぁと思い始め、そこから色々とまるでがやてっくの機能を弄り始めました。で、気づいてしまったんです。まるでがやてっくって、親板・子板という板の連結が可能なんですよ(笑)


作ってから3年が経過して、初めて気づきました(笑) まるでがやてっくは、5ちゃんねるや爆サイのような電子掲示板群だったのです。(絶対もっと早く気づけた笑)


この振り返りの中で、まるでがやてっくはレイアウトが縦長になってしまうのが嫌だったと書いたと思います。板を増やせば増やすだけ、トップページのレイアウトが縦長になっていく。縦長になると、必然的に下の方の板は利用されないのでもったいないのです。しかし、板に親子関係を持たせるのならば話は変わってきます。1つの板に中に、ジャンルごとに板を連結させればいいわけですから!


そうして出来たのが、地域掲示板群:越谷雑学まるでがやてっくです。最近閉鎖するまでの形ですね。地域掲示板群:越谷雑学まるでがやてっくは、越谷雑談がやてっくのコメント板・おしゃべり板・雑学板・地域板という4つの親板が並んでいます。これら親板に紐づくように子板が連なっているという感じです。見た目は4つの板が縦に並んでいて、各親板の中に子板が羅列されているというレイアウトで、これならば、見た目的にもまだ見やすいだろうと思います。


僕が好きだったかつての掲示板っぽいレイアウトなのも、僕的にはポイントが高いです(笑)


地域掲示板:越谷雑学まるでがやてっくは、これまで取り扱うことが出来なかったジャンルの板も展開することが出来るようになりました。特に人気があったのが、DABERUの塔とMONKUの叫びですね。これらは、TSUBUYAKIと並ぶくらいコメントの数が多いです。


1日の書き込み量も120~150くらいになりました。ピークと呼ぶには小さいですが、まるがや的には、これが第2のピークでしょうか。


越谷雑談がやてっくのアクセス数も毎月少しずつ上がってきているし、今ならばと思ってました! よーし、ここからまるがやの利用者さんを増やしていくぞーということで、準備を進めていたんです。


そんな矢先、サイバー攻撃を喰らい、一時閉鎖。。。。。一難去ってまた一難って感じですよね(笑)


たった3年半の間に、最も多くの刺激をくれたのがまるでがやてっくというサービスです。がやてっくって、結構色々なことをやっているんですよ。うまくいっているものもいかないものも含めて、定期的に何かしらを試すようにしています。その中でも、最もじゃじゃ馬なのがまるでがやてっくだと思います。まぁ、だからこそ愛着が湧くんですけどね(笑)


夢を見せてくれたのも、刺激的な問題をくれたのも、まるでがやてっくです。最も色々な変化を試したのも、まるでがやてっくでしょう。振り回されているからこそ、僕はまるでがやてっくが好きなのです。


ここまできたら、絶対に復活させたいなと思います。昨日、BOTの除去作業が終わりました。あとは、セキュリティを見直せば復活することが出来ます。


この記事を読んでくださった方、まるでがやてっくが復活した暁には、ぜひ遊びに来てほしいなと思います。関わって、損することはないと思います。退屈はしないでしょうから(笑)


これからも色々なことが起こるのでしょうけども、それも含めてまるでがやてっくの良さだと思っています。出来る限りは捨てないつもりです。一緒に、今後のまるがやの行く末を見守って頂けたらなと思います。


■越谷雑談がやてっくの中で一番見られる場所に広告を出せる【ワンデイスポンサー・1か月スポンサー】


越谷雑談がやてっくでは、越谷市の情報を記事にして毎日投稿しています。そんな越谷雑談がやてっくですが、1日の中で一番見られる部分があります。【閉店開店・ニュース記事】です。


ワンデイスポンサーは、閉店開店・ニュース記事にお店や会社の広告を差し込めるサービスです。


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価格は1記事1万円です。画像とリンク先のアドレスはお客様にご用意して頂きます。


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まずは天井を目指す【がやてっく前夜】


DXプロジェクトが終わっても、荒井さんとは仲良くやっていた。まったく思った通りに進まなかったDXプロジェクトだったが、僕たちの中ではそのことについて話し合うというターンはやってこなかった。終わったことについてうだうだ言うなんて馬鹿らしい。終わったのなら次へ行く。それだけの話だと思っていた。おそらく荒井さんも、そういう考えだったのだと思う。


僕はDXプロジェクトのやり直しを自らの手で進めてみようと考えていた。自分の考えが合っていたのかを確かめてみたかったし、1人で進めた方が圧倒的に早く目的にたどり着けると信じて疑わずにいたのだった。そして、荒井さんはこのやり直しに乗っかってくれた。


次の活動は、お金よりも難易度を優先してみようという考えから、越谷雑談がやてっくというサイトの構想が始まった。お金はいらないということではない。難易度の高そうな活動を選んだうえで、しっかり売上を上げつつ利益も残すという決心である。当時から今の今まで、がやてっくが金儲けに向いているとは1ミリも思わない。それはこの先も変わらないだろう。


荒井さんにはこう告げた。「僕は越谷市で商売をします」


言い換えれば、商圏を越谷市に定めますということだ。難易度を優先するという考えに至ったとき、これが最も分かりやすい意思表示になるだろう。商売の原理原則は人口だ。人口が多ければ買ってくれる人も多いだろうし、人口が少なければ買ってくれる人は少ない。英語圏で商売を始めれば、うまくいけば大きな利益を得られる。人口が34万人しかいなければ、34万人が購入した時点で商売は終わる。実際はもっと複雑だが、商売の本質はこれだけである。商圏を意図的に小さくするということは、その分だけ商売を難しくする。多くの人に届ける事よりも、時間をかけて1人1人の心の奥深くに踏み込むような感覚を想像していた。


また、この先世界はグローバルかローカルの2つに分断されるという、DXプロジェクトが発足する前にイメージしていたものを踏襲したかった。グローバルへの挑戦はお金もかかるだろうし、すでに世界を席巻しているメガテック企業などと戦うのは現実的ではないだろう。必然的に、ローカル側を選ぶしか選択肢がなかったというのも越谷市で戦うという方針をより強く固める材料となった。


荒井さんは僕の言葉に対して、「ローカルでサイト運営をするならば、単純なPV勝負になる気がする」と返答した、これには僕も大いに賛成した。技術や専門的な知識よりも、如何に多くの面を取るかというゲーム。分かりやすくて良いじゃないか。


ちなみに、2人で何かを始めようとしていきなりがやてっくが出てきたわけではない。7つくらいの案の中に後のがやてっくがあって、最終的にそれを選んだ。選んだ理由は、初期費用が一番かからなさそうだったからという単純なもので、当初はそこまで思入れもなかったものだ。逃げなきゃなんとかなりそうというのも、単純で魅力的だったのだ。


僕はこの活動を副業くらいのテンションで考えていた。荒井さんはどうだったのかしらないが、僕の中では貿易の仕事をしながらがやてっくをやるくらいの軽い気持ちでいたのであった。


会社の仕事をこなしながら、がやてっくの方針を固めていく。最初に探したのは、手本となるモデルだった。枚方つーしん・ほぼ日・ちいき新聞をモデルとして採用した。これは荒井さんが持ってきたものだった。


僕は会社の仕事をこなしつつ、がやてっくの方針をまとめ、転職活動をした。当時は副業もしていたので、かなりハードなスケジュールだったように思う。しかし、この時に経験した激務は、今になって思えば基礎を築き上げてくれたのではなかろうか。入社2年目の凄惨な現場環境と、この時のハードなスケジュールは、確実に僕のフィジカルを鍛えなおしたといっていいだろう。メンタル、特に多少の問題ややっかみは気にしなくなったし、大きな仕事にものおじしなくもなった。問題が起きても、問題にのみ集中できるようになったのは、この2つの大きな荒波の中で磨かれた強さと特徴だったように思う。


越谷メディアプロジェクト(仮)(のちの越谷雑談がやてっく)は、閉店開店・グルメ・イベント情報を毎日発信するということを基本方針とすることにした。商圏が決まっている以上、いきなりお金のやり取りは出来ない。目標は、まずは市内34万人に、がやてっくという名前と活動内容を届けることに決めた。この目標は今なおブレていない。今もがやてっくは、届けることに多くの時間を費やしている。


認知と信用が作れれば、後でいくらでもお金に換金できるだろうというのが、僕の中のイメージだった。また、市内に住む多くの人々の暇つぶしになるサービスを作りたいという気持ちもあったのだった。


ここから僕たちはサイト作りに取りかかる。そして、この活動に新しい仲間が加わることになるのである。


【なんと無料!】毎週金曜日は無料で広告を掲載できます!【チラシ掲示板】


越谷雑談がやてっくでは、毎週金曜日に【チラシ掲示板】という記事を投稿しています。このチラシ掲示板、なんと掲載が無料です。


https://koshigaya.gayatec.jp/chirashi/128401-20260306/


・下記のURLを開く

・必要事項を記入する

・お店や会社のチラシデータを送る

上記のステップで、掲示板にチラシを掲載することが出来ます。


https://forms.gle/WsMa3QYa9KHCjByv6


がやてっくに無料で広告を掲載できるのは、このチラシ掲示板だけです。ぜひ、活用して頂ければと思います。


先週のがやてっくボイス


https://www.youtube.com/live/rxOQP8uco-Y?si=ogfroOEvT-lgl1Pa


がやてっくの土曜日ブログ


https://halved-pyrite-5cc.notion.site/Vol-154-3a12d0832faf80eebe18eb52b59d20ba

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