番外編その① 悲劇の南蛮貿易港 横瀬浦

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番外編その① 悲劇の南蛮貿易港 横瀬浦
一般的に南蛮貿易というと大多数の方が長崎の港を思い浮かべることでしょう。しかし、意外に知られていませんが、長崎が貿易港となる前に南蛮貿易港は二転三転しているのです。まず、最初にその変遷を時系列に並べてご紹介します。

1545年府内(大分市)→1550年平戸(長崎県平戸市)
→1562年横瀬浦(長崎県西海市)→1565年福田(長崎市福田本町)
→1567年口之津(長崎県南島原市)→1570年高瀬(熊本県玉名市)
→1571年長崎(長崎市元船町)→1580年茂木(長崎市茂木町)

 これをご覧になって、想像以上にイエズス会が何度も港を移していることに驚かれたのではないでしょうか。しかし、これには理由があります。それは、大友宗麟編で述べたように豊後では宗麟の妻、奈多夫人が強硬にキリスト教に反対していたため、思うようにイエズス会の布教が進まず、焦りといら立ちを感じていたところに平戸領主の松浦(まつら)隆信からの熱心な誘いがあったため、これを受けて平戸に港を移したことが事の始まりです。

  現在の平戸港

 平戸での南蛮貿易は順調だったのですが、1561年に宮ノ前事件という、日本人とポルトガル人のケンカによって多数の死者が出る事件が起こり、これを機にイエズス会は「平戸には二度と入港しない」という決断をして、他の港を探すことにしたのです。すると、今度はそれを聞きつけた大村純忠が南蛮貿易から生ずる莫大な利益を得ようとして、イエズス会に対して熱烈なラブコールを送りました。イエズス会はその誘いを断る理由もなく、大村純忠に導かれて新たな港へと移ります。これが今回ご紹介する「横瀬浦」です。

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